人と、川・アユの関係研究所

人と、川・アユ(意見)

仔アユが産卵床から出られない!

更新日:2020年12月
アユ仔魚のふ化・海域への流下
アユは小石の浮き石底に卵を産み付ける(写真1)。卵は小石(数mm~10cm)にくっついた状態で発生が進み、10日~1ヶ月(水温によってずいぶん違う)でふ化する。卵がふ化する時刻はほぼ決まっていて、18:00~20:00の間に集中している(田子、 1999)。ふ化した仔魚は直ちに河川水(表流水)中へと浮上し(写真2)、次なる生息場である河口域や沿岸海域へと流下を始める。 小石の浮き石底に産卵するアユ(安田川)・産卵床から浮上したアユ仔魚(物部川) 河川にはアユ仔魚の餌となる動物プランクトンがごく少ないため、流下中のアユ仔魚は卵黄の栄養に頼らざるをえない。そのため、 産卵床でふ化した後の河川内での滞在時間が長くなると卵黄の吸収が進み、結果的にその後の生残にまで大きな影響を及ぼす(井口ほか, 2010)。 このような理由から、流下中のアユ仔魚の卵黄の大きさ(吸収状態)はその後の生き残りを検討するうえで重要な情報となる。
卵黄指数
図1:卵黄指数(Yolk Index):塚本(1987)塚本(1991)は卵黄の吸収状態の指標として卵黄指数(0~4の5段階:図1)を提案した。その分析方法は簡便で大量の試料を処理できることもあって、ふ化後の経過時間の推定や飢餓に陥るリスクの評価だけでなく、産卵場の位置の推定等にも広く用いられている。
その卵黄指数を使った分析をしていて、妙なことに気がついた。
天竜川(静岡県)の河口から9km地点で採集された流下中のアユ仔魚の卵黄指数を観察してみると、ふ化直後である指数3~4の個体よりも、ふ化後1~4日程度は経過している指数1~2の個体の割合が高いのである。普通、この現象は仔魚の採集地点からかなり離れたところに大規模な産卵場があり、かつ、そこでふ化した仔魚が採集地点の近くの淵などの緩流部に取り込まれ、翌日暗くなってから浮上して流れに乗って流下を始めるために起きると説明される。
ところが、その後の調査で、仔魚の採集地点からかなり離れた所に大規模な産卵場が存在するという事実はないことが明らかになってきた。天竜川で起きているこの不思議な現象を合理的に説明できる仮説は、「産卵床の礫中から河川水へと浮上する際に、何らかの理由で時間を要し、卵黄を消費した卵黄指数1~2の状態で浮上する」というものであった。
水路型の人工産卵場(奈半利川) はたしてこんなことが本当に起きているのだろうか?それを確かめるチャンスが2018年の産卵期に巡ってきた。
この年、物部川と奈半利川(ともに高知県)で水路型の人工産卵場が造られた(写真3)。このタイプの産卵場では、取水する河川水中に流下仔魚がいない、またはごくわずかであれば、産卵場の直下で採集した仔魚のすべて、またはほとんどは、その産卵場でふ化したことになる。そこで、この2つの河川と、比較のために良好な自然産卵場を持つ四万十川で仔魚の採集を行ってみた。


物部川の場合
その結果、物部川の人工産卵場からふ化する仔魚の卵黄指数は、1~4までと幅広く、特に指数2(ふ化後数日経過)の割合が高かった。やはり、産卵床の礫間からスムーズには出られない仔魚がいたのである。ここで、共同研究者であった藤田真二さん(西日本科学技術研究所)が面白いことを提案してきた。ふ化後産卵床から出られない仔魚がいるなら、産卵床を掘れば、ふ化後数日経過した仔魚が取れるはずだ。産卵床を掘ってみると、やはり、卵黄指数1~2の個体がたくさん取れたのである。これは自然産卵場でも同じであった。
奈半利川の場合
奈半利川の人工産卵場でふ化した仔魚は、物部川とは様相が違い、卵黄指数3~4が大部分で、指数1~2は少なかった。四万十川の採集結果も同様であった。ただ、同じ奈半利川でも自然産卵場でふ化、浮上した仔魚の卵黄は吸収が進んだものが多く、卵黄指数の組成は奈半利川の人工産卵場とは異なり、むしろ物部川で取れた仔魚の卵黄指数の組成に類似していた。さらには、自然産卵場で産卵床を掘ってみると、物部川と同様、卵黄指数1~2の個体が取れたのである(人工産卵場からは取れなかった)。
アユ仔魚が産卵床に閉じ込められるメカニズム
複雑な話となってしまったので一旦整理する。物部川では産卵床から浮上したばかりの仔魚であるにもかかわらず、卵黄の吸収が進んだ個体が多かった。つまり、産卵床内からスムーズに脱出できない仔魚が多いことになる。奈半利川の人工産卵場では産卵床から脱出できない仔魚はほとんどいないが、自然産卵場では物部川と同様に多い。四万十川では産卵床から脱出できない仔魚はほとんどいない。
結局、パターンとしては2つに分けることができ、①産卵床内からうまく脱出できない:物部川人工・自然両産卵場、奈半利川自然産卵場、②産卵床内からスムーズに脱出できる:奈半利川人工産卵場、四万十川、ということになる。
この2つのパターンが生じる主な理由は、どうやら河川(産卵場)の物理的な環境の違いにあるらしいことも、現地での観察から分かってきた。①のパターンの産卵場には砂が多く、②の産卵場は砂が少なく浮き石状態となっていたのである。
そこで、1つの河川で2つのパターンが見られた奈半利川で、人工産卵場(パターン①)と自然産卵場(パターン②)の河床材料の粒度組成を比較してみた。両者の大きな違いは2mm以下の砂分の含有量で、人工産卵場はわずか0.1%であったのに対し、自然産卵場は4.7%と高い値を示した。それもそのはず、奈半利川の人工産卵場では、プラントでふるいにかけて砂を取り除いた礫を産卵場に敷き詰めていたのである。
産卵場に2mm以下の砂が多いと、礫間(=ふ化した仔魚が浮上するための通路)が塞がれやすくなる(村上ほか, 2001)。その結果、産卵床でふ化した仔魚がスムーズに浮上できなくなってしまうのである。また、水路実験で確認された「砂が礫間を塞ぐメカニズム」は次のようなものであるらしい。まず、大きめの砂(粗砂)が浮き石の礫間に堆積し、隙間を狭くする。次に、細かい砂がさらにその間隙を埋めていくのである(Schalchli, 1995)。
産卵床内での仔魚の滞留は人為的なものか?
ふ化仔魚の産卵床内での滞留(閉じ込め)は多くの河川でごく普通に見られるものなのか?あるいは、人為的な自然環境の改変等の影響を受けて近年になって増えている現象なのか?今のところ結論的なものはない。
しかし、奈半利川と物部川以外にも天竜川、太田川(広島県)等、同様の現象が起きている可能性が高い河川は複数あり、奈半利川と物部川だけに見られる特異な現象ではないと判断している。また、アユの産卵に好適な浮き石状態とは河床内部に多くの空隙が存在する状態であること(鬼束ほか, 2007)、流域の農地開発が進んだ河川や貯水ダムの下流河川では河床の間隙が細粒分によって目詰まりしやすいこと(村上ほか, 2001; 竹門, 2009)を考えれば、人為的な自然環境の改変が一因となっている可能性は否定できない。
卵黄の吸収が進んだ状態で浮上することのリスク
流下中のアユ仔魚は、 河川水中には餌となるプランクトンがごく少ないため、 卵黄の内部栄養に頼らざるをえない。そのため、信濃川のように産卵場から仔魚の次なる成育場である河口域や海域までの流下時間が長い大河川では、流下中に卵黄の消費が進み飢餓に陥りやすい(森ほか, 1989)。このような河川では卵黄の消費が進んだ状態で産卵床から浮上した場合は、その後の生残確率が大きく低下する。
また、卵黄のエネルギーは浸透圧調整にも使われるため、海域まで流下した仔魚にとってその時点で保有する卵黄の大小は、その後の生残にも大きく影響する(井口ほか, 2010)。したがって、産卵場から海域までの距離が短い中小河川においても、産卵床内でのふ化後の滞留が長引き、卵黄の消費が進めば、その後の生残確率は低下することになる。
このように産卵床から浮上するまでに時間を要することは、アユ仔魚が生き残るうえでかなり不利な状況となるため、天然アユの資源水準の低下の一因となる。親アユが礫間の空隙が多い浮き石底を産卵の場として選択する理由は、河床が柔らかく礫間に卵を産み付けやすいということだけでなく、仔魚の浮上が容易になることでその後の生残率を高めることに寄与しているのである。

※この記事は下記の論文を書き改めたものです。詳細は下記論文をご参照ください。
高橋勇夫・藤田真二・東健作・岸野底. 2020. 産卵床の礫間から表流水への浮上が遅滞するアユ仔魚. 応用生態工学 23(1): 47-57.

<参考文献>
  • 井口恵一朗・坂野博之・武島弘彦 (2010) 異なる塩水条件下におけるアユ孵化仔魚の飢餓プロセス. 水産増殖 58(4): 459-463.
  • 村上まり恵・山田浩之・中村太士 (2001) 北海道南部の山地小河川における細粒土砂の堆積と浮き石および河床内の透水性に関する研究. 応用生態工学 4(2): 109-120.
  • 森直也・関泰夫・星野正邦・佐藤雍彦・鈴木惇悦・塚本勝巳 (1989) 信濃川を流下する仔アユの日齢とさいのう堆積. 新潟県内水面水産試験場調査研究報告 15: 1-7.
  • 鬼束幸樹・永矢貴之・白石芳樹・東野誠・高見徹・的場眞二・秋山壽一郎・尾関弘明・畑中弘憲・中川由美子 (2007) アユの産卵に適した浮き石状態の発生条件. 環境工学研究論文集 44: 59-66.
  • Schalchli U. (1995) Basic equations for siltation of riverbed. Jounal of Hydraulic Engineering 121: 274-287.
  • 田子泰彦 (1999) 庄川におけるアユ仔魚の降下生態. 水産増殖 47(2): 201-207.
  • 竹門康弘 (2009) ダム下流河川の底質環境と底生動物群集の変化.「ダムと環境の科学Ⅰ, ダム下流生態系」(池淵周一編著), pp. 147-176. 京都大学学術出版会, 京都.
  • 塚本勝巳 (1991) 長良川・木曽川・利根川を流下する仔アユの日齢. 日本水産学会誌, 57(11): 2013-2022.

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