人と、川・アユの関係研究所

人と、川・アユ(意見)

アユの産卵をめぐる小話

更新日:2024年5月

産卵にも多様な環境が必要

河川整備基本方針(長期的な視点に立った河川整備の基本的な方針)を具体化するための河川整備計画が作られている。その中には、河川の正常な機能を維持するために必要な流量(正常流量)が定められていて、さらにその中には生き物の生息を保障するために最低限必要とされる流量(維持流量)が含まれている。

この維持流量は、アユの産卵を考慮して決定されることがしばしばあり、具体的には産卵に必要な水深と流速から流量が計算されている。つまり、この計算は「アユの産卵にとって流速と水深が重要な物理条件となっている」を前提としていることになる。

確かに、アユの産卵を観察していると、アユがよく産卵している浅瀬の流速は毎秒50~70cm程度、水深は30cm前後というように、ある程度は特定できそうな気にはなる。

ただ、物事に例外はつきもので、例えば、静岡県の天竜川では主産卵場は水深1m以深にあって、浅瀬での産卵はほとんど見られない。希な例ではあるが、高知県の鏡川では水深2m以上のある淵で産卵しているのを見たこともある。それとは逆に、多くの河川では水深が5cm以下の背びれが出るような浅場でも盛んに産卵が行われる(図1)。

図1 水深5cmほどの浅瀬での産卵

図1 水深5cmほどの浅瀬での産卵

同じ川でも時期によってアユが選ぶ水深や流速は異なり、水温が高くて体力のある産卵の初期は激流(白泡が立つほど流れが速い;流速は1.5m/sを超える)と呼べそうな場所での産卵が多い一方、水温低下とともに体力が低下する産卵末期には流れの緩いトロ場のような所を選んで産卵している(図2)。

図2 水深1m以上のトロ場での産卵

図2 水深1m以上のトロ場での産卵

このように、アユの産卵はかなり多様な環境で行なわれており、先の維持流量の計算のように、「アユの産卵には特定の水深や流速が存在する」と考えるのはちょっと無理がある。そもそも、水深や流速を測定するには物理的な限界があり、水深が深くて流速が速い場所で産んでいたとしても(実際に産んでいる)、そのような場所での卵の確認作業は困難であるため、調査範囲から外されていることがほとんどだろう。つまり、最適な水深や流速というのは、「容易に調査可能な範囲で」という条件付きということになり、このようなバイアスの掛かった方法で得られたデータで産卵に必要な物理条件を決めてしまうことに科学性は乏しいと言わざるを得ない。

もっとも、維持流量の計算の実態は、何とか確保できそうな流量への数字合わせ的な面があり(なんと!実際にやってみると簡単に数字合わせが可能)、科学的にやろうという意識はもともと乏しいのかもしれない。計算が容易で一つの数値に行き着く「水深と流速」が必要条件として選ばれるには、それなりの事情があるというのは言い過ぎだろうか。

アユが多様な環境で産卵するのは、先にあげたアユ自身の体力の問題だけではなく、もっといろんな事情があるに違いない。例えば、卵が干上がるリスクが大きいにもかかわらず極端な浅瀬で産卵するのは、他の魚(例えばコイ)に卵を食べられないようにするためなのかもしれない。

大切なことは、アユに多くの選択肢を残してやること。その時々の状況に応じて最適な場所を選べるように、川の中に多様な環境が維持されているということなのである。

産卵場所の選択

上の話の続きのようになってしまうが、アユが産卵場を選択する際に水深と流速が決定的な要因とはなっていないことの傍証として、最適とされる水深や流速の瀬でも、産卵場が形成されないことが少なくないことがあげられる。そして、そのような産卵実績の無い瀬を産卵場とするために造成作業を行っても全く産卵しないということがある。理由は分からないが、まだ理解できていない要素が存在していることは示唆される。

それはともかくとして、これまで全国の多くの河川でアユの産卵場を調査してきた経験から言えば、アユの産卵に最も重要な要素は「小石の浮き石底」である。このような河床であれば、水深や流速にあまり関わりなく産卵が見られる。河床の表面に卵を産み付けるのではなく、小石層の中に体を差し入れるようにして産卵する(図3)というアユの産卵行動を考えれば、自分で動かすことができる大きさの礫が浮き石(礫間の空隙が砂泥で詰まっていない状態)であることがとても重要なことなのだろう。

図3 礫層に体を差し入れるようにして産卵する

図3 礫層に体を差し入れるようにして産卵する

ただ、現在の日本の河川で、下流域に「小石の浮き石底」が存在する河川は少なくなってきた。アユは理想的な産卵場所を探しても見つからず、しかたなく2級、3級の場所(砂が多かったり、礫径が大きめだったりする)で産むケースが増えている。そのような場所を観察してみると、卵が礫層に埋没しておらず、石礫の表面に剥き出しのような状態で産み付けられている。卵密度は極端に低いことから、流失や食卵の被害が大きいことが想像される。

このような事態を受けて、近年、アユの産卵場を人工的に造る河川(漁協)が増えている。私自身も、これまでに延べ200カ所以上の産卵場を造ってきた。その経験の中から、アユの産卵場所の選択に関して興味深い事実が分かってきた。

高知県の奈半利川は中上流にダムが3つあって、河床のアーマー化が下流域まで進行している。そのため、アユの産卵に好適な場所がほぼ無くなり、毎年、産卵場を造成しせざるをえなくなっている。造成時期は奈半利川で産卵の盛期となる直前の11月10日頃で、その頃にはすでに自然産卵場では産卵が始まっている(造成工事は自然の産卵を邪魔しないように、河原に水路を造るような形で行っている)。

奈半利川での産卵場造成の特徴は、アユの産卵に最適な粒径組成に調整した砂利(プラントでふるいに掛けたものを配合)を敷設して浮き石底を造っていることで(図4)、理想的な産卵環境を提供できていることも確認できている*1

図4 ふるいに掛けた砂利を敷設する奈半利川での産卵場造成

図4 ふるいに掛けた砂利を敷設する奈半利川での産卵場造成

造成工事中も100mほど上流の瀬では産卵が行われており、潜ってみると多数の親魚が集まっていることも確認できる。ところが、産卵場の造成が完了するとほぼ同時に、自然産卵場での産卵は低調になり、親魚も急減する。その一方で、完成した人工の産卵場(1,200m²程度)では完成したその日のうちにほぼ全面に卵が産み付けられる。この観察結果が意味するのは、自然の産卵場周辺に集まっていたアユの親魚たちが、造成工事の完了とともに人工産卵場に移動し、自然産卵場を放棄してしまうということである。

不思議なのは、「なぜ人工産卵場の完成がアユたちに分かるのか?」ということである。自然産卵場が人工産卵場の下流にあるなら、真新しい礫の匂いや親魚の出すフェロモンのようなものを目指して移動してくるということは考えられるのだが、自然産卵場は上流にあるので、流下する何かを指標にということは考えられない。

可能性が高いと考えているのは、アユは産卵期間中でもより良い産卵場を求めて、探索行動をしているということなのだが、親魚が日々そのような探索行動を実際にやっているのかどうか、今もって分からない。

産卵場造成に2つの落とし穴あり

各地の河川でアユの産卵場造成が行われるようになっている。「産卵場造成は正しいのか?」という疑問は拭えないにしろ(本HPの「産卵場造成は正しい?」をご参照ください)、天然アユ資源の保全に力を入れ始めたという点では喜ばしい。

しかし、漁協さんの産卵場造成を見ていて危惧する点も少なくない。その一つは、造成時期の問題。多くの漁協さんは産卵期に入る直前に行っている。一見この判断は正しいように思えるが、実は小さくない危険性を孕んでいる。というのも、産卵場造成はうまくやればやるほど、アユが反応する。言い換えると、アユの産卵行動を刺激していることになり、人為的に産卵期を早めてしまうのである。

近年、とくに西日本において海水温の上昇が著しく、産卵期の前半の卵に由来するアユが減耗しやすくなっている。そのため、早く産卵させると減耗率を高めることになり、資源の回復はおろか、場合によっては衰退へと導いてしまう危険性がある。

危惧する点をもうひとつ。極端に産卵環境が劣化している河川で産卵場造成を行うと、造成技術が稚拙でも、ある程度は産卵することが多い。造成した漁協さんは、卵が認められたことで効果ありと考えているのだが、そこに落とし穴がある。

アユは好適な産卵場所が見つからないと、2級、3級の場所でもしかたなく産卵する。極端に産卵環境が劣化している河川の場合、堅く締まった河床をほぐすだけでもそれなりの効果がある。しかし、それは3級の産卵場を提供したに過ぎないので、実質的には大きな効果は見込めない。

このような失敗に陥らないようにするには、産卵状況(造成面積に対する産卵面積の割合、卵の埋没深など)を調査して、本当に良い産卵環境を提供できたのか検証する必要がある。この作業は漁協さんが苦手とするところなのは分かるが、水産試験場などの協力を得て、より良い方法へと磨きをかけてほしいものである。

アユの産卵はメス主導

アユは乱婚(両性複婚)なので、大きな集団を作って産卵することが多い(図5)。このことは映像で目にする機会も多いので、アユ好きの方々には比較的知られている。知られていないのがメスの産卵行動。実は、野外調査が専門の筆者も、野外では個体を追跡することが困難なので、個別の行動はほとんど把握できていない。そのため、以下は長崎大学の井口惠一郎さんの実験池での観察結果*2を引用させていただきます(引用した井口さんの文献はとても面白いので、一読をお奨めします)。

図5 大きな集団で産卵する

図5 大きな集団で産卵する

メスは一晩の産卵中に複数回の放卵を行う(最高記録はなんと98回!)。メスが小分けして放卵するのは、いっぺんに大量の卵を放出すると、小石にうまく付着できない卵が多くなること(=卵のロス)と、「好ましくないオス(遺伝的な性質が優れていない)」とつがう確率を下げるためのリスク分散、つまりオスの性質の標準化と井口さんは推察している。

河川で産卵している様子を観察していると、1尾のメスを2尾のオスが挟むようにして産卵することが多い(1対1で産卵することもあるが、少ない)。前出の井口さんはその理由について、メスが2尾のオスとつがうことで受精を確実なものにしようとするメスの意図が働いていると推察している。

このように産卵中のメスの行動は、如何にして自分の遺伝子を次世代に残すかという点に集約されている感があり、メス主導的の産卵と言えそうである。実際、野外の産卵場でもメスがかなり慎重にオスを選んでいる様子が窺える。メスが産卵場に入って来ると、すかさずオスが追尾して産卵を促すのだが、メスがそれをするりとかわす様子は頻繁に見かける。メスのオス選びは結構シビアなのである。

  • *1 高橋勇夫・藤田真二・東健作・岸野底. 2020. 産卵床の礫間から表流水への浮上が遅滞するアユ仔魚. 応用生態工学. 23(1): 47-57.
  • *2 井口恵一朗. 1996. アユの生活史戦略と繁殖. 桑村哲生・中嶋康裕(編), pp. 42-77. 魚類の繁殖戦略1. 海游舎, 東京.

アユ学概論

人と、川・アユ(意見)

ギャラリー

※当サイトで紹介した方の組織名・所属等は、執筆時点での情報です。
ページのTOPへ遡上