人と、川・アユの関係研究所

人と、川・アユ(意見)

川虫がアユ釣りをダメする? ~異常繁殖する生き物のはなし~

更新日:2018年6月
ヤマトビケラの仲間(通称砂虫)の異常発生
かつてはアユの好漁場あった場所が不良漁場に変わったケースが全国的に増えている。理由は多岐にわたり、「これが原因」と特定するのは難しい。しかし、有力な原因と思えるものはあるわけで、近年その候補にあがることが増えているのが、ヤマトビケラの仲間の異常とも言える繁殖である。

川底に繁殖したヤマトビケラ類;石の表面の藻類を食べ尽くして石の地肌が出ている(島根県神戸川)ヤマトビケラの仲間は米粒ほどの大きさのドーム状の巣を砂で作るため、釣り人の間では「砂虫」と呼ばれることが多いらしい。後述するように、「砂虫」と呼ばれる昆虫には少なくとも数種が含まれるが、ここでは便宜上それらをひっくるめて「砂虫」と呼ぶことにする。
問題となるのはその生態で、砂虫はアユと同じように付着藻類(いわゆるコケ)を食べるため、密度が高い場所では、石の表面の藻類は食べ尽くされている。そのため、これらが異常繁殖した場所はアユに敬遠される。結果として、不良漁場となる。

こういった砂虫の繁殖を私が最初に「異常」と感じたのは、物部川(高知県)の上流で、2005年6月であった。その後、砂虫の異常繁殖の観察数は次第に増え、とくに2010年以降は北海道から九州までの広い範囲(関東と東北は近年調査していないため不明)で頻繁に観察している。
また、単に観察数が増えてきたというだけでなく、その繁殖規模が次第に大きくなっているようなのだ。例えば、島根県の神戸川では、2016年には下流を除いて河川のほぼ全域の瀬で高密度の発生が見られるようになっている。
砂虫とはなにもの?
砂虫と呼ばれている小型(体長4~5mm)の昆虫の種名については、幼虫(羽化する前=砂虫)の段階での判別が専門家でも難しいため、よく分かっていないというのが実情らしい。ただ、アユ釣りをするような川でよく見かける砂虫は、ヤマトビケラ属とコヤマトビケラ属の昆虫のようである(この分野は専門外なので、自信のない表現が続くことをご容赦ください)。ちなみに、私の友人が神戸川で砂虫を採集、飼育して、羽化した成虫を専門家にみてもらったところ、ヤマトビケラ属のアルタイヤマトビケラ(大陸にも分布する普通種で、羽化の時期は春から秋)であった。
アユへの影響
ヤマトビケラ類の多さとアユのハミ跡の多さの関係(神戸川:両者は反比例の関係にある) 砂虫は藻類を食べるため、大量に繁殖した場所では河床表面の藻類がほぼ無くなってしまう。このような状態になると、アユはその場所を避けて移動する傾向がある。島根県の神戸川でヤマトビケラ類の多さとアユの多さ(ハミ跡の多さ)の関係を調べてみたところ、きれいな反比例の傾向にあった(図)。ただし、アユが多いとヤマトビケラ類が少なくなるのか、ヤマトビケラ類が多いとアユが少なくなるのか、についてはまだよく分からないところがある。

しかし、考えてみれば、石に着いた藻類をめぐってアユと砂虫が競合(種間競合)した場合、体が圧倒的に大きいアユが勝つのが当然で、砂虫が異常繁殖したエリアをアユが忌避することの方がむしろおかしいのかもしれない。
理由としてひとつ考えられるのは「先住効果」で、アユが遡上あるいは放流されるよりも先に砂虫が繁殖し、川底に藻類がほとんどないような状態にしてしまえば、アユは餌がないために定着をあきらめてしまうことが考えられる。その様子は砂虫がアユに勝っているように見えるが、アユは戦わずして敗れているのである。

ただし、このようなシナリオはアユの生息数が比較的少ない川でしか考えられない。生息数が多ければ、今度はアユとアユの種内競合が起きるためである。天然遡上量が多い川を想定してほしい。砂虫によって藻類がなくなっているために他の場所に移動したとしても、今度は砂虫よりも競合相手として手強いアユがいるため、餌をめぐる競合を避けることができない。それならば、競合者としては弱い砂虫を排除してしまう方が容易である。
実際、天然遡上が多くて、瀬におけるアユの密度が3~5尾/m2という高密度になっていた九頭竜川(福井県)で、砂虫はいるものの、石の下面に追いやられ石の表面はアユが餌場として独占していた事例を観察したことがある。
このような事例を考慮すると、多くの河川で観察されるようになってきた砂虫の異常とも言える繁殖は、アユの生息数の少なさが一因となっている可能性が浮かび上がってくるのである。
増えている?生き物の異常繁殖
川底を覆うカワシオグサ(2015年5月:静岡県富士川)話が少し散漫になることをお許しいただきたい。実は近年、川の中で異常繁殖しているのは砂虫だけではない。アユを観察するために川に潜っていると、様々な種類の生物が繁殖し、アユの生息場をダメにしている事例が多くなっている。
例えば、カワシオグサ等の糸状緑藻やオオカナダモ(水草)に川底が覆い尽くされた川は全国的に増えている。アユの生息場所が縮小するのはもちろんのこと、切れて流れてきた藻体が釣り糸(特に複合ライン)にからまって、苦労をされた経験をお持ちの方は少なくないはず。

事例はさほど多くはないが、カワニナやイシマキガイが異常繁殖する事例も見かける。砂虫と同じように藻類を食い尽くすために、アユの餌がなくなり、漁場崩壊の一因となっている。カワニナやイシマキガイがやっかいなのは、砂虫よりも大きくて、かつ、石面への付着力も格段に強いため、アユの競合相手としては手強いことである。これらが大繁殖した河川ではアユは痩せており、餌をめぐる競合に敗北している印象を受ける。
異常繁殖のメカニズム
砂虫がこのような異常とも言えるレベルで繁殖する原因は、現時点ではよく分からない。
しかし、ダムのある河川での観察例が多いことを考えれば、ダムによる洪水制御によって砂虫が流される機会が少なくなったことが一因となっているかもしれない。また、山腹崩壊等で砂が多くなった河川で異常繁殖が見られることも多い。巣を作る素材となる砂分が多いことは、繁殖の必要条件となっているようで、川の中に砂が多い中部地方や中国地方の河川で砂虫の被害の報告例が多いことは、この原因説の傍証と言えそうである。
さらには、アユなどの競合する生物や砂虫の捕食者である魚が少ない場合も繁殖しやすいと考えられ、異常繁殖のメカニズムはかなり複雑なようである。

カワウの専門家である水産総合研究センターの坪井潤一さんは、「カワウが魚を食べる→魚による川虫への捕食圧が低下→川虫が増える」という現象が起こりうることを指摘している。私自身もこの指摘には思い当たる節がある。2005年頃に鳥取県の河川で調査をしていた際に、砂虫を含む川虫が異常に繁殖したエリアがいくつかあり、そのエリアではアユやコイ科の魚といった普通に見られる魚がほとんどいなかった。漁協の人に話を聞いてみると、そこにはカワウが集中的に入っていたとのこと。魚がいなくて虫が多いことの理由が腑に落ちた。
ただ、いずれにしても1種類の生き物が異常繁殖するということは、川の生態系のシステムに異常が発生した兆候であり、もはや釣り人や漁協の間だけで議論する問題ではないように思える。
対策はあるのか?
結論から言えば、今のところ、これといった対策はない。
「砂虫が異常というレベルで繁殖する理由の一つが、ダムによって洪水が制御されるために川底の撹乱が少なくなり、安定した生息環境が提供されたため」という仮説にもとづけば、小規模な人工洪水(フラッシュ放流)によって制御できる可能性はある。ただ、自然の洪水のように大規模なものでないと、すぐに砂虫が復活することも考えられ、これも妙案とは言えそうにない。
では、天敵を増やす策はどうだろうか?過去には砂虫の天敵(であろう)ウグイを大量に放流した河川があったが、さほどの効果はなかった。砂虫駆除ということに限定すれば、私自身はアユを増やすことが一番現実性の高い対策になると考えている。砂虫の繁殖が見られる河川でも、アユが多い河川ではアユが川虫を排除している。砂虫と競合するアユを増やすことで砂虫を制御するというのは、それほど無理な考え方ではないが、アユの増やし方が分からなければ、この対策は使えない。

抜本的な対策は、河川に複雑で豊かな生き物の暮らしを取り戻すことにつきるのかもしれない。川にたくさんの虫がいても、それを餌とする魚たちがたくさんいれば、虫の数は魚によって調整され、異常繁殖といったことは抑制されるだろう。
そして、魚をたくさん住まわせるには、瀬や淵があり、多様な水辺環境が維持された川を取り戻すことが必要となる。考えてみれば、このことはアユが釣れる川を取り戻すことに他ならない。

アユ学概論

人と、川・アユ(意見)

ギャラリー

※当サイトで紹介した方の組織名・所属等は、執筆時点での情報です。
ページのTOPへ遡上