人と、川・アユの関係研究所

人と、川・アユ(意見)

天然アユを増やす取り組み(事例集)

更新日:2013年10月
事例1 奈半利川での天然アユの復活の試み
ダムによって荒廃した奈半利川
奈半利川は電源開発が積極的に行われた河川で、中上流に昭和30年代に3つのダムが建設された。河川水は発電のために高度に利用されており、ダムの貯水池や減水区が流程60kmの大部分を占め、川本来の水量を保っているのは源流部のみとなっている。また、大雨の際にダム湖に流入した濁水が貯留されるため、ダムの下流では1ヶ月以上も濁水が続くことがたびたびあり、これまでにも大きな漁業被害を出してきた。住民と川とをつないでいたきれいな水やアユが失われたことで、住民の川離れも急速に進みつつある。
このように奈半利川は、天然アユが正常に生息するには厳しい環境にあり、実際に資源量は大きく減少していた。これに対して、奈半利川淡水漁協では漁業被害の補償金などを原資に大量の種苗放流を行ってきたが、全国的な例にもれず、その成果は乏しく、訪れる釣り人もほとんどいない状態になっていた。
アユの減少は産卵場の劣化
筆者は2003年から奈半利川におけるアユ減少の理由と対策を検討するために、アユの生態調査を奈半利川淡水漁協、電源開発株式会社と共同で始めた。まず分かってきたことは、アユの産卵場が著しく劣化(ダムによる河床の粗粒化:図1)していたことであった。アユの産卵に不可欠な浮き石の小砂利底は消失しており、これが奈半利川から天然アユが減少した要因の一つとなっていた。小砂利底の消失の原因は、ダムによって土砂がせき止められ、下流に供給されなくなったことにあった。
産卵場を造る
対策として産卵場の造成を始めた(図2)。河床にはアユの産卵に好適な小砂利が少ないため、プラントでふるいにかけた砂利(産卵に好適な粒径を選択)をダンプで運び、産卵場に投入した。この工事は本来は漁協の増殖行為として行われるべきものであるが、産卵環境悪化の原因がダムにあることがはっきりしたため、ダムを利用している電力会社と漁協が協力して行っている(電力会社は主に工事部分を担当)。さらに、アユの産卵期間中は産卵しやすいように発電量の調整によって河川の水位をできるだけ一定に保つという対策(発電効率はかなり低下する)も取られている。産卵場を作る際には毎年、電力会社の職員数十人がボランティアで参加し、仕上げの均し作業(これは機械ではできない)等を漁協と共同で行ってくれている。
親アユを保護するための漁獲規制
産卵場造成と並行して、産卵に必要な親魚数21万尾(川の収容力から必要な親魚数を算定した)を確保するために、夏場から秋の産卵期にかけていくつかの漁獲規制(投網の禁漁区設定、産卵保護期間の延長、産卵保護区域の設定など)を漁協が自主的に設けた。この対策の効果はめざましく、規制を開始した2006年には目標の親魚数21万尾(10月時点)にまったく届かない5.5万尾であったものが、3年後の2009年には42万尾にまで増加した(図3)。
検証と追加対策
このような対策の効果は、ふ化する仔魚の数で検証しており、産卵場を造成し始めて以降、ふ化量は数十倍レベルで増えた(図4)。
しかし、対策を始めた当初の2006~2008年、ふ化量の飛躍的な増加の割には翌年の遡上量は増えなかった。アユがふ化する時期と海で仔魚が生き残りやすい時期のミスマッチが起きていて、早期(11月)にふ化したアユがほとんど生き残っていなかったためであった。
その後、産卵場を造成する時期を遅らせることで産卵期を幾分遅めにコントロールするなどの対策を追加し、2009年以降は比較的安定した遡上量が得られるようになった(図5)。とくに2010年は高知県下のほとんどの河川で天然遡上が少なかった中で、奈半利川で天然遡上が多かったことは対策の効果が大きいと考えられた。
新たな問題~遡上阻害
現在、新たな問題が生じている。河口から3kmの位置にある堰堤による遡上阻害である。アユの遡上量が増え始めた2009年頃に最もひどくなっていて、遡上してきたアユの2-3割程度しか上流に遡上できなくなっていた。ほとんどのアユが河口から3km以内に閉じこめられる格好になってしまい、成長不良などの悪影響が顕在化した。遡上阻害の原因は魚道の損壊や堰下流側の河床低下(大きな段差ができてしまった)にあった。
対策として①根固めブロックを使った魚道によって堰堤と下流側水面との段差の解消(図6)と、②小わざ魚道の追加を行なった。この対策は対処療法的ではあったが、遡上率55%まで大きく改善され、一安心できた。
しかし、安心したのもつかの間。2011年7月の台風(総雨量1,200mm!)の洪水で、堰堤そのものが大きく損壊してしまった。新しく造った魚道も損壊して、遡上率は再び30%程度まで低下している。
変化の兆し
このように次々と新しい問題が浮かび上がってきて、そのたびに無力さを思い知らされる。「流域の人々と、川・アユとの関係をかつてのように良くする」という私自身の最終的な目標にもまだ遠い。
ただ、奈半利川に天然アユの遡上量を増やすという当初の目標は一応達成できつつある。それだけでなく、変化の兆しも見え始めた。これまで種苗放流一辺倒であった漁協のみなさんが放流だけに偏らない増殖策 ―産卵場造成のみならず、壊れた魚道の応急修理、稚アユの汲み上げなど― にも取り組み始めた。このことは私にとって大きな励みとなっている。さらには漁協と敵対しがちだった電力会社とも協力して対策を実行できたことで、両者の関係も少しずつ改善してきた。いずれも天然アユが増えたことによって起きた変化だと思っている。

アユ学概論

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